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三田市の歴史ポイント|vol.6:青野ダム周辺を行く

      2015/12/18   あとで読む

 - あなたの知らない三田市の歴史 ,

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青野ダム周辺を行く

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青野ダム周辺

昭和16年までは、有馬郡には、中野村と貴志村があった。貴志村は、東側が三田町に合併し西側は、中野村と合併して広野村となった。青野ダムは、この旧広野村にある。このダムができなければ、人口11万の三田市はなかったであろう。このダムの下にいろいろな生活の跡が眠っているのである。
青野ダムには、資料館が造られている。この辺りは、三田市末と言われ、その字のごとく「須恵器」が生産されてきた遺跡なのである。

この資料館の中に入ってみると、この土地から発掘された土器が展示されている。日本中の中で「須恵」や「末」が着く地名は、朝鮮半島から日本に伝えられた硬い焼き物陶質土器「須恵器」が生産されていた場所であると考えられている。
青野ダム周辺

博物館の中に入ってみると、末地区の中から発掘された遺物が多く展示されている。博物館の外に出て少し南側に行くと、横穴式石室の古墳も見られる。

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歴史マニアオヤジ

歴史マニアオヤジ

三田市在住の歴史大好きなオヤジ。最近は遺跡発掘作業に没頭。今までためてきた歴史に関する知識を公開していきます。
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