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三田市の歴史ポイント|vol.15:立杭焼、篠山市

      2015/12/18   あとで読む

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立杭焼、篠山市について

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立杭焼き_1

三田市つつじが丘を越え、しばらく行くと三叉路に突き当たる。ここを右手に取り坂道を行くと「篠山市」の道路標識が見えてくる。さらに坂を登り切ると、「三本峠」の標識に出会う。ここが日本六古窯古丹波が最初に焼かれた土地である。さらに峠を下りると「立杭焼」の里に出てくる。地名も篠山市今田町釜屋である。ここから立杭にかけて約60軒の釜元がある。この写真は、「登り窯」と言われている。5世紀の中頃に朝鮮半島からもたらされた須恵器という焼き物を高温で焼くため作られたものである。須恵器とは、今で言う陶器のことであり、平安時代の終わり頃から鎌倉時代の初めの頃に作られるようになったと考えられている。

 焼き物には、三つの材料がいる。一つは土、二つ目は木、三つ目は水だそうでここ今田町立杭は三つとも十分供給できるのである。それより古いのは篠山市にも三田市にもある須恵器の釜跡で、どちらかの影響があったのかもしれない。ちなみに三田市つつじが丘の中学校建設用地から須恵器の釜跡が発見された。

 日本六古釜とは、岡山県の備前焼、滋賀県の信楽焼、愛知県の瀬戸焼・常滑焼、福井県の越前焼とこの篠山市今田町の立杭焼きのことを言うのである。篠山市(元は多紀郡といった。)は丹波国に属していたので古い立杭焼きを「古丹波」とも言う。ここの焼き物は、元々すり鉢や甕、壺など生活に関連する物が多く生産されていたが、今日では、花瓶や食器など数多くの種類が生産されている。

立杭焼き_2

立杭焼きの歴史を見学できる「兵庫陶芸美術館」もある。

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歴史マニアオヤジ

歴史マニアオヤジ

三田市在住の歴史大好きなオヤジ。最近は遺跡発掘作業に没頭。今までためてきた歴史に関する知識を公開していきます。
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