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三輪神社のまわり 宮の腰遺跡

      2016/02/20   あとで読む

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三田市の三輪神社まわり

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三輪神社

三輪神社の近くには、宮の腰遺跡や、三輪小学校の地下に眠る高次餅田遺跡など弥生時代から人が住んでいたことが分かっている。この神社の裏山には、かつて登山道があり入ることができた。あがってみたとき何か弥生時代の王様が眠っているような雰囲気もあった。

時代は下ってこの神社の前の道を西国33所巡礼の人たちが通ったであろう事が分かる花山院への道しるべがある。また江戸時代に開かれた三田青磁の窯跡も残されている。

この神社の本殿は元文2年(1737)頃に造られたと考えられている。三田天満神社の本殿と同じぐらいの古さがあると考えられている。祭りには獅子神楽や田楽が奉納されるそうである。

神社の石段の下に小さな祠がある。これは、明治時代の初めに廃寺になった物が残されているそうである。また神社の西には「大井ノ元」と呼ばれる水源があり、現在でも元旦にはこの水が三輪神社にお供えされるそうである。

参道にある「三輪会館」には、1945年7月にアメリカ軍の戦闘機による空襲により機銃によって撃ち抜かれた鐘が保存されている。

三輪神社

初めに述べた三輪神社横にある江戸時代の年号が掘られた道しるべである。正面の文字は、「右花山院道」と読める。

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歴史マニアオヤジ

歴史マニアオヤジ

三田市在住の歴史大好きなオヤジ。最近は遺跡発掘作業に没頭。今までためてきた歴史に関する知識を公開していきます。
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