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かつて職人の居住地であった鍛冶屋町と光明寺

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商店と住居が混在している鍛冶屋町

光明寺この辺りは、かつて職人の居住地であったのでこのように呼ばれたようである。今では、今では商店と住居が混在している。行政的にはすべて三田町となっている。

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光明寺について

この写真の光明寺は、寺の前の看板によると寛永15年(1638)の建立だそうでこの通りに風格を与えているように感じられる。
また、境内には、「筆塚」があったり、江戸時代の年号安永の銘がある手水鉢などがあり、江戸時代から続く寺院であることが分かる。

寺の門の横には、この寺院の説明とこの通りの名である「鍛冶屋町」の名前の看板が立てられている。

この前の道路は、西から東への一方通行であり、一筋南側の道路が東から西への一方通行になっている。こちらの道は兵庫県立有馬高校の生徒のみなさんの通学路にもなっているので、その時間帯の車での通行はしない方がよいと思われる。

この辺りを平日歩いてみるとかなり静かで、江戸時代の風景を思いながら歩いてみると、その時代にタイムスリップしたようにも感じられる。私の好きな三田の通りの一つである。

光明寺(本文中の光明寺の筆塚と手水鉢)

光明寺の場所

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